差押えによる時効更新の発動条件の落とし穴

「借金を返済しなければ、いつか時効で消滅する」そう考えている人は多いかもしれません。
しかし、消滅時効の進行にはさまざまな要因が関わってきます。特に「差押え」が絡むと、その法律的な解釈は一層複雑になります。
今回は、判例に基づきこの問題について解説します。
※当該判例は民法改正前の事件です。時効の中断とある部分は時効の更新と読み替えてください。
【判例  最高裁判所第一小法廷 令和元年9月19日

事件の背景

平成12年4月17日、上告人は被上告人に対し、返済期を同年8月27日とする336万円の貸付を行いました。ここで生じた債権を「本件貸金債権」と呼びます。

平成12年8月22日、上告人と被上告人は本件貸金債権について公正証書を作成しました。公正証書には、被上告人が債務の履行を怠った場合、即座に強制執行を受ける旨の記載がありました。

その後、平成20年6月23日ごろ、上告人は地方裁判所に本件公正証書を債務名義として差押えを申し立てました。この申立てにより、同年7月3日までに「本件差押命令」が銀行に送達され、被上告人の預金債権が差し押さえられました。

事件の争点

事件の争点は、被上告人が本件貸金債権の消滅時効が成立したと主張した点にあります。被上告人は本件貸金債権の弁済期から10年が経過したことを理由に、強制執行の根拠となる公正証書の執行力を無効にしようとしました。

民法では、通常の消滅時効期間は10年とされています。しかし、特定の行為、例えば債務の承認や強制執行手続きが開始されることで、時効は中断される場合があります。時効の中断とは、時効期間の進行が停止し、新たに時効期間が開始されることを意味します。

上告人の主張は、被上告人に対する強制執行を目的として、平成20年に行った差押えによって、時効の進行が停止されたというものです。このような差押えによる時効中断の効力が生じるには、通常、債務者がその事実を知っているか、知ることができる状態である必要があるという見解が存在します。しかし、差押え手続きが銀行口座に対して行われたため、債務者が差押えの事実を直接知ることができませんでした。よって、この事案では、債務者が差押えの事実を直接知っているかどうかが問題となりました。

判決内容

一審と二審の判決

一審と二審の判決では、民法155条(当時)の解釈が焦点となりました。
民法155条(当時)には、「差押え、仮差押え及び仮処分は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、時効の中断の効力を生じない」と記されています。この条文は、時効の中断が誰に対して効力を生じるかに関するルールを定めています。

※現在、民法改正により第155条は削除され、現在の同趣旨の条文は以下の通りになっています。

第154条
第148条第1項各号又は第149条各号に掲げる事由に係る手続は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、第148条又は第149条の規定による時効の完成猶予又は更新の効力を生じない。

民法

一審と二審では、この条文の趣旨に基づき、時効の中断の効力を認めるには、債務者が差押えの事実を知り得る状態にあることが必要と判断しました。つまり、債務者が差押えの通知を受け取って初めて時効の中断が成立すると解釈し、債務者が差押えの事実を知り得なければ、消滅時効の中断の効力は生じないとしました。

最高裁の判決

一方、最高裁判所はこの解釈を覆しました。最高裁は、民法155条が差押えなどの時効中断の効力を直接的に制約するものではないと判断しました。同条文は、時効の中断の効力が特定の者以外にも及ぶ場合に、通知が必要であることを規定しているだけであり、債権執行における差押えの効力が債務者に及ぶ場合には、通知の必要性を強調する条文ではないとしました。

さらに、最高裁は、債権執行における差押えの効力が生じるには、債務者がその差押えを知り得る状態に置かれる必要はないとしました。差押えが適切に行われた場合、それだけで時効の中断の効力は発生し、債務者がその事実を認識しているかどうかは効力の発生に関係がないと判断したのです。これにより、債権者が適切に差押えの手続きを行った場合、債務者がその事実を知らなくても時効中断が認められることになりました。

まとめ

この判決は、債権執行における差押えの法的解釈を明確にした点で重要です。具体的には、差押えの効力が生じるために債務者の認識が必要ないことが確認されました。この判決を踏まえ、差押えによる消滅時効の中断が適切に機能することが示され、債権者の権利が保護される道が明示されたのです。

最後に

今回は差押えによる時効更新についての発動条件について解説しました。

今回は以上で終わります。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。

この記事が民法について学びたい方の参考になれば幸いです。

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投稿記事 - 熊谷行政書士法務事務所 広島県広島市 (lo-kuma.com)

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